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菅茶山
 広島県神辺の人、私塾「黄葉夕陽村舎」を開き(後に廉塾ともいう)福山候の知遇を得て、廉塾の名は一世に高く、頼山陽もここに学んだことがあった。この時は、寛政五年、四十六才のとき、鼓岩に登った際の長誌の一節である。

(鼓岩に刻まれた茶山の歌ですが、その向うに見えている建物が当千光寺山荘です。)

 
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